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細身の女性

【美容】最近話題の「ボディポジティブ」について考える

最近よく聞く「ボディポジティブ」という言葉。昔から自分の体にコンプレックスがある私にとって、希望の光のような考え方です。少しセンシティブな内容になりますが、私なりの考えをお話したいと思います。

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幼少期からの2つのコンプレックス

自分の体の悩みについて話せば、内容が尽きることはありません。記憶の限り、幼少期からコンプレックスを抱えています。

幼少期は、両親が心配して周りが驚くほど少食でした。

なんとか周りのみんなのように「いっぱい食べられる子にならなきゃ!」と頑張っていた記憶があります。でも、なかなかその思いに体が応えることができませんでした。

痩せ型でしたが、特段問題なく健康。好き嫌いもない。極端に体重が少ないわけでもなく、体力もありました。よく遊んで、よく寝る。今思えば、かなり燃費の良い子だったのかなと、うらやましくもなります(笑)。

コンプレックスは腕が極端に細いこと

小学校に入学してからの記憶は大きく2つ。ひとつは、痩せ型で腕が細すぎること。もうひとつは、体毛。

小学生時代ボディポジティブ

腕が極端に細かったので、周りの友達からも「細すぎじゃない?」とよく言われていました。子どもなのでよりストレートな言葉で言われ、結構引いた目で見てくる子もいたりして…。

特に夏場や体操着など、半袖で腕が見える服装の時はすごく嫌でした。できるだけ隠したい。見られたくない。細さについて言われたくない。屈辱的な気分になるので心寂しく、コンプレックスになっていました。

腕の細さについては、今も正直変わっていませんが、その点を突かれたりいじられることにはもう慣れました。

さすがに子どもじみた指摘をする人はもういませんが、「細いってうらやましいと思われがちだけど、あまりにいじられ続けてとても傷ついた」と過去話をすると理解されます。でも、つらい経験談を打ち明けないとカバーできないのも、なかなかしんどい。

これまで数十年生きてきて、いろんな考え方の人がいることは分かっています。でも、なりたくてなった体なのか、自分でもどうしようもなくその体型になったのかでは、指摘された時の受け止め方が全く異なります。

言葉で言わずとも、自分を見る視線ひとつで感じ取れたりするので、ありのままの自分でいられないつらさは、多感な年頃の私にはかなり堪えました…。

コンプレックスの体毛を隠すために夏場も長袖

そして、体毛の悩み。

結構父が毛深く、小さい頃から私も体毛には悩まされていました。

鮮明な記憶としては、小学校高学年の時。席替えで隣の席に座った男子に「腕の毛、濃いな」と言われ、からかわれたことです。周りにいた男子にわざと聞こえるように話すので、涙が出そうになりましたが、必死に堪えました。

心ないストレートな言葉の刃に、どれだけ傷ついたか…。

腕・脚・ワキ…別に自分としては存在していても困らないし、むしろ何らか意味があって生えているんだろうと思って本当は放置したい。でも、周りの目が気になるし、また変なことを言われたくないと思って、学生時代は一生懸命シェービングしてやり過ごしていました。

痩せ型であることも相まって、体毛の悩みを隠すためにも夏場でもカーディガンを着たり、パンツスタイルか、スカートにタイツを履くなど、今現在もできる限り肌の露出は控える服装が自然と多くなっています。

本当は、自分の体がそうしたいと思って発生している現象なのでありのままで過ごしたい。

でも、どうしても周りの目を気にして躊躇して無駄な労力を使って軌道修正を図る。

これって、どちらがあるべき姿なのだろうと思ったところに舞い降りたのが「ボディポジティブ」のムーブメントでした。

判断基準は、自分の中で”健康”かどうか

指の毛
もう、これくらい「いいや!」って思っちゃっています

ずっとコンプレックスだった「痩せ型・体毛」以外にも、髪のくせ毛や最近は少しずつ生えてきた白髪…などあります。

さらに30代後半になって、下半身太り(ウエスト・ヒップ)、体重増加も気になるように。

息子には「お母さん、最近太ってきたんじゃない?」「お腹出てる」と野次られますが、この点も健康診断で何一つ引っかかってはないし、先生からも「これまでBMIが低すぎたから、むしろある程度体重増える分には自分の体力を考えたときにも良かったんだよ」と言われたことで、とても前向きな気分になりました。

自分の中でのボディポジティブの価値基準って、私はそこだと思うんです。

健康面で問題があれば是正する。

健康的に問題ない範囲のことは、自分で良しとできるなら自然の摂理のまま、体がそうありたいと思うままで構わない。世間一般の暗黙の了解に無理やり合わせようとしない。親から受け継いだ自分の体を認め、大切にする。

腕が細いからって、どう頑張って食べたとしても結局、今の年齢になって肉がついたのはウエストとヒップであって…変えようにも腕の肉付きを変えることはできない。

体毛も、自分自身ではもう何かに困ることは正直ないので、そのままでいることが一番ストレスフリー。

諦めといえば諦め、開き直りとも言えますが…。

周りの目を気にしてネガティブな気持ちになり、そこに合わせようとするがゆえに、労力やコストもかかる負の連鎖。要は「〇〇しなきゃ」になった時点でストレスになっていると。

11月に投稿したデコボコ爪については、それが「健康的に大丈夫なのか」という点と「見た目としてデコボコが治ったほうが自信がつき、ストレスが緩和される」という判断をし、数ヵ月かけて変える努力をしました。

やはり自分の中で、その現象を“健康”という視点で捉えた結果でした。

体毛に関しては、いちいち手入れをする方がストレスで、そのままの姿が楽。昔から長袖・長ズボンも慣れてしまったので、現状のままで苦労はない。自分が楽にいられる姿を選択しました。

体と心は密接。ストレスが緩和されたら気分も上がり、健康的な思考になれる。

できないものはできない。変えられないものは変えられない。

自分が抱えるコンプレックスを、そのまま認めるのか、改善するのか。変えたほうがストレスから開放されるなら、変える努力をすれば良い。どちらのストレス度合いが高いのかで考えていく。

その結果、選択した姿で「楽にいることができた」なのか「変えて自信がついた」なのかでポジティブになれたのなら、それが本当のからだにいいことなのではないでしょうか。

ありのままの姿を認め合い、それぞれが自分らしく、晴れ晴れと過ごせる社会になるとうれしいなと思います。

第1期からことWebライター/さおり 

*この記事は読者自身の感想をもとに作成しています。

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