
『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』│キュン死に一生アニメ第8回
食事や運動だけでなく心にも栄養を! ストレス発散必至の涙腺崩壊アニメをご紹介するこのコーナー。第8回は、戦争という困難な時代を自分らしく生きた女性の物語。その懸命な姿に感動の涙がとまりません。
観る者を「あの時代」へと引き寄せる空気感
『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』は、2016年に公開され、異例のロングランとなった『この世界の片隅に』に、約39分、250カットの新規エピソードが加わった2時間48分の長編アニメーションです。
基本的なストーリーは前作と変わらず。主人公の北條すず(旧姓・浦野すず)の少女時代や結婚生活が描かれています。新エピソードの追加によって、それまでも十分すぎるほど味わい深かった物語や、すずの人間性がさらに深く掘り下げられ、新たな魅力を放つものとなっています。

原作はこうの史代氏による漫画作品。アニメーション作品である本作では、その原作の世界観を忠実に再現しています。
主人公のすずは、広島市の江波に暮らす、絵の上手なおおらかな性格の女性です。そのすずに縁談が持ち上がったのは18歳のとき。自分でも自分を「ぼーっとしている」と認めているすずは、気がつくと呉市の海軍軍法会議所で録事(書記官)をしている北条周作と結婚し、周作の両親も同居する北條家で暮らすこととなります。
すずが周作のもとに嫁いだのは昭和19年の冬。日本はちょうど戦争のさなかにありました。内地にいる一般の国民にとって戦火はまだ遠く、人々は戦時体制下ではあっても平穏に日々を過ごしています。
慣れない環境に身を置いたすずは、足の悪い姑にかわって必死で家事をこなします。配給される米や魚だけではなかなか腹が満たせないご時世。そこをすずたちは、草を摘んで食べたり、米を膨らませて炊く楠公飯(なんこうめし)をつくったりと、創意工夫で乗り切っていきます。

細密に描かれた広島や呉の町並、当時の人々の暮らしぶりは、まるでタイムマシンに乗ってその時代に入り込んだかのような錯覚を与えてくれます。登場人物たちの話す広島弁や呉弁が耳に心地よく響きます。
より深みが増した主人公すずの心理描写
新エピソードが加わった本作には、見どころがいくつもあります。その中心にあるのは、主人公であるすずの成長していく姿です。結婚当時、まだ10代のすずには子供のような幼さが残っています。そんなすずを、周作は優しく迎え入れます。
婚家の人々や隣近所の人たち以外には知る人はいない、友人などもちろん一人もいない呉の町。そこで、ある日、道に迷ったすずは、入り込んだ遊郭で白木リンという女性と出会います。
道を教えてくれたリンに、すずは得意な絵を描いて御礼をします。リンは普通の家庭に育ったすずと違い、小学校すら半年しか通えずに、遊郭に売られてきた悲しい身の上の女性です。そんなリンは、周作との間に子供ができなくて実家に帰されることになるのではないかと悩むすずを、「この世界に居場所はそうそう無うならせんよ」と明るく励ましてくれます。

ほのかに芽生えたリンとの友情。しかし、すぐにすずは周作の伯母が洩らした一言から、夫の過去を知ってしまいます。周作にはすずと結婚する前に想っていた女性が遊郭にいました。その相手が誰であるのか、思い当たったすずは自分はしょせん代用品でしかないのかと苦悶します。
「周作さん、うちはなにひとつリンさんにはかなわん気がするよ」
人生ではじめて味わう苦い嫉妬にすずが落ち込んでいる間にも、時は過ぎていきます。年が明けた昭和20年の2月には、出征していた兄の要一の戦死の報が、すずのもとに届きます。春、迫ってきた戦火はとうとう呉の町にも達し、すずたちの頭上にアメリカ軍の艦載機が飛び交います。
すでに東京や大阪、名古屋は焼け野原。それでも桜が咲けば人々は花見に興じます。その花見の場で、すずと周作はリンに再会します。気楽に笑ってみせるリンと、いつもと変わらぬ笑顔の周作に、すずは「まあ、ええか」と自分を納得させます。
別れと出会い。生きている限り人生は続いていく
毎日のように鳴り響く空襲警報。厳しい戦局下、周作もとうとう海兵団への入団が決まります。3カ月は訓練のために家に帰れないという周作に、すずは「この家で待っとります」と答えます。
周作の妻として、北條家の嫁として、ずっとこの家で生きていこうと誓ったすず。そこには結婚当時のぼんやりした姿はありません。

戦争は、そんなすずから大切なものを奪い去ります。それでもすずは生きていかねばなりません。そして8月6日の朝、呉の空が白く光ります。家が揺れ、すずたちは山の向こうに「かなとこ雲」のような大きな雲を見ることになります。
ほどなくして聴くこととなった玉音放送。人々を翻弄した戦争が終わっても、すずの人生は続きます。そこには別れもあれば、新しい出会いもあります。そしてすずは言うのです。
「周作さん、ありがとう。この世界の片隅にうちを見つけてくれて」
ほのぼのとした愉快なシーンもたくさんあるいっぽう、物語終盤は涙なくして観ることができない本作。生きることの素晴らしさを教えてくれる愛おしい作品です。
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